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大阪地方裁判所 昭和37年(ワ)3834号 判決 1966年12月09日

原告 鈴木信子

被告 芦田利兵衛 外一名

主文

被告等は原告に対し金五三三、八一一円とこれに対する昭和三八年五月一日から右支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二〇分しその一を被告等の負担とし、その余を原告の負担とする。

この判決は、原告において各金一〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは原告の各勝訴部分につき、それぞれ仮りに執行することができる。

事実

(当事者双方の申立)

第一原告の申立

被告等は原告に対し、金一〇、〇〇〇、〇〇〇円とこれに対する昭和三七年八月一八日から右支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告等の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

第二被告等の申立

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

(当事者双方の主張)

第一原告主張の請求原因

一  建物買取請求権行使による買取代金請求(第一次的請求)

(一)(1)  被告等はその共有の大阪市東区北久宝寺町一丁目三八番地宅地一四八、七六平方メートル(四五坪、以下本件土地という)を昭和二三年三月頃、訴外角田栄吉(以下訴外角田という)に賃貸した。

(2)  その後右訴外角田は本件土地上に別紙物件目録<省略>記載の家屋(以下本件家屋という)を建築し、昭和二九年一月二一日に所有権保存登記をした。

(3)  右訴外角田は昭和二八年一二月頃訴外渡辺ミヨ(以下訴外渡辺という)に対し本件家屋を売渡し、同二九年二月五日その旨の所有権移転登記をした。

(4)  右訴外渡辺は昭和二九年三月一五日原告に本件家屋を売渡し、同年一一月二二日その旨の所有権移転登記をした。

(5)  ところで、被告等は昭和二九年四月二日右訴外角田に対し、同訴外人が訴外渡辺に対し本件家屋を売渡したことに伴い本件土地を無断転貸(借地権を無断譲渡)したことを理由に本件土地の右賃貸借契約解除の意思表示をした。

(6)  そこで原告は昭和三七年八月一七日付内容証明郵便をもつて被告等に対し借地法第一〇条にもとづき本件家屋を買取るよう買取請求の意思表示をし、右書面は翌一八日被告等に送達されたので原告は被告等に対し本件家屋の買取代金債権を取得した。ところで本件家屋の所在地は久宝寺町筋を中心とする繁華な卸屋街でありその上本件家屋は買取請求をした当時二階建一戸の大店舗となつていたものでその評価額は金一〇、〇〇〇、〇〇〇円を下らないものであつた。(なお原告は昭和三八年四月頃後記のとおり本件家屋を収去してしまつた。)

(7)  よつて、原告は被告等に対し本件家屋の買取代金として金一〇、〇〇〇、〇〇〇円とこれに対する買取請求権行使の日である昭和三七年八月一八日より完済に至るまで民法所定の年五分の割合による法定利息の支払を求める。

(二) 仮りに前記訴外渡辺から原告に対し本件家屋の売渡の事実が認められないとしても、訴外渡辺は原告の実母であり、原告はその唯一人の相続人であるところ、右訴外渡辺は昭和二九年一一月九日に死亡したので原告は本件家屋の所有権を取得するとともに本件家屋の前記買取請求権を承継した。ところで原告は前記(一)(6) 記載のとおり被告等に対し本件家屋を買取るよう買取請求の意思表示をしたのであるからその買取代金の支払を求める。

二  債務不履行による損害賠償請求(第二次的請求)

仮りに右請求が理由がないとしても

(1)  被告等は昭和二九年五月一一日原告に対し本件土地の無断転借を理由として本件建物の収去ならびに本件土地の明渡を求める訴を提起した(大阪地方裁判所昭和二九年(ワ)第二四三九号建物収去土地明渡請求事件)。

(2)  右訴訟の係属中である昭和三〇年五月頃から同三一年五月頃までの間に原告代理人加藤充弁護士と被告等代理人中元兼一弁護士との間において本件土地について保証金四三〇、〇〇〇円、賃料月額金七、五〇〇円とする賃貸借契約が成立した。

(3)  右賃貸借契約の成立により原告は本件土地の賃借権を取得し、本件家屋を所有できることになつたため、本件家屋の買取請求権を行使することをやめ、昭和三一年五月二日被告等の請求を認諾し、その旨の調書が作成された。

(4)  ところが被告等は本件土地の右賃貸借契約の履行をしないばかりか遂に昭和三八年四月頃右認諾調書にもとづき本件家屋を収去して、その後本件土地を訴外竹内五一に賃貸してしまつた。

(5)  以上のように原告は被告等との間に賃貸借契約が成立したため、右訴訟において本件家屋の買取請求権を行使せず、買取請求権を行使する機会を失つたのであるから被告等の本件土地賃貸借契約の不履行による損害は本件家屋の買取請求権行使による買取金額に相当する額である。

よつてその損害の賠償として原告の申立のとおりの裁判を求める。

三  不法行為による損害賠償請求(第三次的請求)

以上いずれの主張も理由がないとしても

(1)  被告等は昭和三〇年五月頃から同三一年五月頃までの間に原告に対し本件土地を賃貸するから前記訴訟を認諾するよう要請したので原告は右要請を受入れ、同三一年五月二日被告等の請求を認諾した。

(2)  ところで被告等の本件土地を原告に賃貸する旨の意思表示は原告に対し請求を認諾させるための方策として甘言を弄し、原告を欺罔したものである。原告は被告等に欺罔されたことを知つた後直ちに本件家屋の買取請求権を行使したのであるが、被告等は右認諾調書によつて本件家屋を収去してしまつた。そうすると本件において前記買取請求が認められないとすれば、原告は被告等の右不法行為により本件家屋の買取請求権の行使を妨げられたものというべきであるからそれにより本件家屋の買取請求権行使による買取代金相当の損害を蒙つたことになるのでその損害の賠償として原告の申立のとおりの裁判を求める。

なお原告は本件家屋を訴外帝国繊維株式会社に譲渡した事実はない。

第二被告の主張

一  請求原因に対する答弁

(一) 請求原因一につき、そのうち(一)(1) 、(2) の事実、同(3) (4) のうち本件建物につき原告主張のとおりの各登記がなされた事実、同(5) の事実、同(6) の事実のうち原告から被告等に対し原告主張の頃主張のような建物買取請求の意思表示のあつた事実および原告主張の頃本件家屋を収去した事実は認めるがその余の事実は否認する。

(二) 請求原因二につき、そのうち(1) の事実(但し被告等が訴を提起した昭和二九年五月一一日当時の右訴の被告は訴外渡辺であつたが同三一年二月一五日原告に対する訴訟引受決定により原告は訴外渡辺の訴訟上の地位を承継したのである。)同(3) のうち原告は昭和三一年五月二日被告等の請求を認諾し、その旨の調書が作成された事実、同(4) のうち昭和三八年四月頃被告等は右認諾調書にもとづき本件建物を収去し、本件土地を訴外竹内五一に賃貸した事実は認めるが、その余の事実は否認する。

(三) 請求原因三につき、そのうち(1) の原告が昭和三一年五月二日にその主張の訴訟を認諾した事実、同(2) のうち原告から被告等に対し本件家屋の買取請求権を行使した事実、原告が認諾調書により本件家屋を収去した事実は認めるがその余の事実は否認する。

二  被告の主張

(一) 原告はその主張のとおり本件家屋の所有権を取得したとしても昭和三〇年二月一〇日に訴外帝国繊維株式会社に本件家屋を譲渡したので、原告においてその主張のような権利を有するいわれはない。

(二) 仮りに原告がその主張のとおり本件家屋の所有権を有していたとしても、原告には本件家屋の買取請求権はない。

原告はその主張のとおり昭和二九年三月一五日に本件家屋を買受けた事実があるとしても、被告等はその事実を知らなかつたのであり、従つて原告は本件家屋の所有権移転登記を受けた昭和二九年一一月二二日以前にその所有権を取得したことを被告等に対し対抗することはできない。然して建物買取請求権は建物所有者が建物取得当時土地の賃借権を有することを前提とし、土地の賃借権消滅後に地上建物を取得したものは買取請求権を有しないところ、本件においては原告が本件建物の所有権移転登記を受けた昭和二九年一一月二二日および原告が訴外渡辺から相続により所有権を取得したと主張する同年同月九日以前である同年四月二日に訴外角田に対する本件土地の賃貸借契約が解除されているのであるから原告は本件家屋の買取請求権を有しない。また被告等は前記認諾調書により適法に執行したのであるから原告に対し損害賠償義務はない。

(三) 本件家屋は昭和二八年頃建築したものであつて建築後相当年数を経過していたのであり、昭和三七年一〇月一五日現在の評価額は金八〇〇、七一七円(訴外佃順蔵の鑑定による)であつたから原告が被告等に対し買取請求の意思表示をした当時の本件家屋の価格は右金額を越えるものではない。

(証拠関係)<省略>

理由

一、建物買取請求権行使による買取代金請求について、

被告等はその共有の本件土地を昭和二三年三月頃訴外角田に賃貸し、その後右訴外角田は本件土地に本件家屋を建築し、昭和二九年一月二一日に所有権保存登記をしたことは当事者間に争がない。

原告は訴外角田が昭和二八年一二月頃訴外渡辺ミヨに本件家屋を売渡し、同二九年二月五日その旨の所有権移転登記をしたと主張するので検討するに、本件建物につき訴外角田から訴外渡辺に対し昭和二九年二月五日に売買を原因とする所有権移転登記のなされたことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一号証の一、二、乙第一号証、同第三号証の一ないし九、同第四号証、同第五号証の一、二、同第六、七号証に証人鈴木定の証言の一部および原告本人尋問の結果を綜合すると、訴外渡辺が訴外角田から昭和二九年はじめ頃本件家屋を買受けてその所有権を取得し、登記面は、同年二月五日に同年同月一日の売買を原因とする所有権移転登記を了したことが認められ、証人鈴木定の証言中右認定に反する部分は信用できず、他に右認定に反する証拠がない。

次に原告は訴外渡辺が昭和二九年三月一五日に原告に対し本件家屋を売渡し、同年一一月二二日その旨の所有権移転登記がなされたと主張するので検討するに本件家屋につき原告主張のとおりの所有権移転登記のなされたことは当事者間に争がないけれども、訴外渡辺が原告に対し昭和二九年三月一五日に原告に対し本件家屋を売渡したとの点についてはこれを認め得る証拠はなく、成立に争のない甲第一号証の一、二、同第四号証、乙第五号証の一、二、証人鈴木定の証言、原告本人尋問の結果によると訴外渡辺が昭和二九年一一月九日に死亡し、その実子である原告と原告の姉、(ナガエフミ)および養子である訴外渡辺亨の三名が本件家屋を相続したのであるが、訴外渡辺の死亡後原告とその姉の間において原告が訴外渡辺の一切の世話をして来たこと等から姉の本件家屋に関する相続分を譲受ける話合ができた。そして訴外渡辺亨に無断で、登記面において、昭和二九年一一月二二日に同年三月一五日売買(訴外渡辺から原告に)を原因とする所有権移転登記手続を了したことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠がない。そうすると本件家屋は原告と訴外渡辺亨の共有となり、原告がその三分の二、訴外渡辺亨がその三分の一の持分権を取得したことになる。

次に被告等は原告が本件家屋を昭和三〇年二月一〇日に訴外帝国繊維株式会社に譲渡したと主張するが乙第二号証については真正に成立したものであると認め得る証拠がなく、その他本件全証拠によるも被告等の右主張を認めることができない。

ところで被告等は訴外角田に対し同訴外人が訴外渡辺に対し本件家屋を売渡したことに伴い、本件土地の賃借権の譲渡又は転貸を承諾せず、これを理由に昭和二九年四月二日本件土地の賃貸借契約を解除する意思表示をしたことは当事者間に争がないから右契約解除の意思表示により被告等と訴外角田との本件土地賃貸借契約は昭和二九年四月二日限り解除されたこととなる。しかしこのように賃借権の譲渡又は転貸を承諾せず賃貸借を解除した後においても右訴外渡辺は右解除前に本件土地上に存する本件家屋を取得しその登記を了していたものであるから、被告等に対し本件家屋の現在する限り借地法一〇条によりその買取請求権を行使することができるものというべきである。そして前記認定事実によると昭和二九年一一月九日訴外渡辺が死亡し、相続によつて、原告とその姉および訴外渡辺亨の三名において平等の割合で本件家屋およびその買取請求権を承継しその直後原告は姉の持分を取得したことになる。なお被告等は原告が訴外渡辺から本件家屋を相続したのは本件土地の賃借権消滅(解除)後であるから建物買取請求権を有しないと主張するが、相続人は被相続人の地位をそのまま承継するのであるから右の主張はあたらない。

しかるところ、原告は昭和三七年八月一七日付内容証明郵便をもつて被告等に対し借地法第一〇条にもとづき本件家屋を買取るよう買取請求の意思表示をし、右書面は翌一八日被告等に送達されたことは当事者間に争がない。

そこで本件建物の共有者の一人である原告が単独で本件家屋の買取請求権を行使することができるか否かについて考えてみる。

一般に共有建物の敷地の賃借権がすでに消滅し、建物の買取請求をしない限りその建物を収去せざるを得ない状況にある場合、建物の価値を最も有効に保持活用するには買取請求権を行使する以外に方法がない。(建物を取りこわして廃材とした場合はいちじるしくその価値を減ずることになる)ところで買取請求権の行使によつて共有建物の所有権は相手方に移転するのであるがこの場合買取請求権の行使は全共有権者のために建物の価値を最大限に維持し、しかも実状に適した唯一の活用方法であるという実質的な観点からみると買取請求は民法第二五一条の共有物に変更を加える行為というよりもむしろ同法第二五二条の共有物の管理に関する行為に類するものといえるから同条に準じて持分の過半数を占める共有者が建物全体につき買取請求をなし得るものと解するのを相当とする。

本件においては、本件土地の賃借権は昭和二九年四月二日に消滅していることは前記認定のとおりであり、また成立に争のない乙第一号証、同第三号証の一ないし九、同第四号証によると原告は被告等の提起した本件家屋の収去、および本件土地の明渡訴訟(大阪地方裁判所昭和二九年(ワ)第二四三九号建物収去、土地明渡請求事件)について、訴外渡辺の訴訟引受人として(被告等が昭和二九年五月一一日訴外渡辺に対し本件家屋収去および本件土地明渡の訴を提起したが、その後本件家屋について訴外渡辺から原告に売買を原因として所有権移転登記がなされたため、被告等の申立により同三一年二月一五日に原告に対する訴訟引受決定があり、これにより原告は訴外渡辺の訴訟上の地位を引継いだ。)昭和三一年五月二日被告等の請求を認諾したことが認められ、(原告がこの訴訟の請求を認諾したことは当事者間に争はない。)更に被告等は昭和三八年四月頃右認諾調書にもとづき本件家屋を収去したことは当事者間に争がないのであるから原告が本件家屋の買取請求権を行使した昭和三七年八月一八日の時点では本件家屋は現存したがその敷地たる本件土地についてすでに借地権が消滅し、本件家屋を収去せざるを得ない状況にあつたものとみられるから本件家屋につき三分の二の持分権(その過半数である)を有する原告は民法第二五二条により単独で本件家屋の買取請求をなし得るものというべく、従つて前記のとおり原告が被告等に対し昭和三七年八月一八日本件家屋の買取請求をしたことによりその効力が生じ、原告は被告等に対し本件家屋の買取代金のうちその持分に応じた額の債権を取得したものといわなければならない。(建物の買収代金債権は可分債権であるから共有持分の割合に応じて各共有者に帰属する。)

そこで原告が右買取請求権を行使した当時の本件家屋の価格について検討するに、建物買取請求における建物価格は土地の使用権を含めない建物自体の価格をいうものと解されるところ、成立に争のない乙第一〇号証によると昭和三七年一〇月一五日現在の本件家屋の価格は金八〇〇、七一七円であつたことが認められるので、特段の事情の認められない本件においてはそれより約二ケ月以前の原告が本件家屋の買取請求をした同年八月一八日現在における本件建物価格も右と同額の金八〇〇、七一七円であつたとみるのが相当であり、他に右認定を左右するに足る証拠がない。

そうすると原告は被告等に対し本件家屋の買取価格金八〇〇、七一七円の三分の二に当る金五三三、八一一円とこれに対する本件家屋が被告等に引渡された後である昭和三八年五月一日(本件家屋が昭和三八年四月中に被告等によつて収去されたことは当事者間に争がないところ、本件家屋の収去時点において原告から被告等に本件家屋が引渡されたものとみられるから、遅くとも昭和三八年四月末を経過した同年五月一日以後は代金支払遅怠の責あるものと解せられる。)から右支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金請求の債権を有するものというべく、原告の本件家屋の買取代金請求中右の債権の支払を求める限度において理由があり、その余の部分は失当なものといわなければならない。

二、債務不履行ならびに不法行為による損害賠償について、

原告は、被告等が被告等と原告間の本件土地の賃貸借契約不履行により、もしくは被告等が原告に対し本件土地を賃貸するからと原告を欺罔して被告等の提起した訴訟を認諾させ、原告の本件家屋買取請求権の行使を妨げ、右買取代金に相当する損害を与えたと主張するが、原告の本件家屋買取請求の有効なことは前記認定のとおりであるからその余の点につき判断するまでもなく失当なことが明らかである。

三、結論

以上のとおりであるから原告の本訴請求のうち被告等に対し金五三三、八一一円とこれに対する昭和三八年五月一日から年五分の割合による金員の支払を求める部分は正当としてこれを認容し、その余の部分は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九二条、第九三条、仮執行の宣言については同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石崎甚八 藤原弘道 長谷喜仁)

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